城下町は戦国期以降、大名の居城を中心に
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形成された都市で、大名領国の首都としての性格をもつ。
幕藩体制の解体によって消滅したが、近現代の主要都市のほとんどは旧城下町を母胎としている。
南北朝動乱期、在地領主は軍事施設として峻険な山頂や丘陵などに山城を築き、麓の居館の周辺に家子郎党の屋敷集落を形成したが、彼らは平時には農耕に従事する態勢にあり、町屋の発達はみられなかった。
室町期に至り守護大名領国制の展開に伴い、かつての国府や水陸交通の要地に守護所を設け、守護町を形成したが、居館の周囲に一部の給人の土居屋敷を巡らした屋形町であった。
近世城下町の先駆をなすのは1576年織田信長の近江安土であって、地子免除に加え、楽市・楽座、関所の撤廃などを令して商工業者の誘致を進めたが、短期間で終わった。
